このお芝居は、椅子が一脚あればよい 登場人物は、男でも、女でもよい
どんな衣装、メークでも良い 一人の人間が、椅子に座って始まる

台詞

どうも 幽霊です 広島県出身です もうかれこれ六十年以上幽霊やっています。ある夏の暑い日に  パッと消えて 幽霊になりました。
皆さんには申し訳ないのですが 特に 何の特徴もない パッとしない幽霊です。皆さん 幽霊は好きですか?僕は嫌いです。
だって怖いもん。
子供の頃 夜寝る時 押入れのちょっと開いた隙間とか タンスと壁の隙間に広がる闇が怖くて怖くて そこから何かがこっちを見ている気がして眠れないんですよね。そんな可愛いお子様でした。
大人になってからも怖い話とか苦手でね 同僚や先輩は そんな怖がる僕をとっ捕まえて怖い話を無理やり聞かせるんですよ。もうね 今でも憎たらしいです。だからね 恐い幽霊になって脅かしてやりたいんですけどね 六十年近くボヤボヤしているうちに脅かす相手がいなくなってしまったんですよ。
まぁ そうじゃなくても 六十数年前っていったら ねぇ 察しのいい方は分かると思いますが そういう時代だったんでね 色々ありますよ。

ま 脅かす相手がいなくなってしまいましたが せっかく幽霊として生まれたからには・・・生まれた時は幽霊じゃないですけど 恐い幽霊になりたいじゃないですか。 人々の間に語り継がれる 恐ろしい存在になりたいんですよ。
そうすれば皆に覚えいてもらえるじゃないですか。 
今では都市伝説って言うんですか?皆さんにも結構好きな方いらっしゃるんじゃないですか?
放課後の教室・・・退屈な歴史の年号を覚えるよりも夢中になって キャッキャ キャッキャ言いながら お菓子とか持ち寄ってね 青春の一ページですよ。いいなぁ・・・虫歯になってしまえばいいのに・・・
話がずれましたが 要するにそんな風に語り継がれる立派なお化けになってやろうと思ったのが最近ですね。それまでは・・・・ぼんやりしてましたね 六十年間近く。我ながら随分と長いことぼんやりしたなぁ  

さぁ そんなわけでね どうすれば人を恐がらせられるかって話ですが。
心霊写真ってありますがあれはダメです。だって写真なんか撮られるとカメラに魂吸い取られて早死にしちゃうんですよ?
考えた末に タクシーの運転手を脅かす事にしました。
筋書きはこうです。
タクシーの運転手がね 私にこう言って来るんですよ
「そういえば 今日みたいに小雨の降る夜中に 妙なお客さんを乗せたんです。お墓までって言ったっきり黙りこんでいるんですよ。気味の悪いお客さんだなって思っていたんですけどね。そうこうしているうちに目的地のお墓に着いたので 客席の方を見たら さっきまでいたはずのお客さんがいなくなっていたんですよ」
するってぇと私がですね
「そのお客さんって こんな顔していませんでしたか?」
すると運ちゃんが
「うぎゃー」
って・・・
ね?完璧でしょ?
だからね ある小雨の晩 タクシーに乗ったんですよ。するとね その運転手 ずっと黙り込んでいるんですよ。
その時 初めて自分のあやまちに気がつきました。何と恐ろしい事に 私たち初対面だったんですよ。この話の肝は運転手さんの過去の体験ですから、以前私を乗せたという恐怖体験がないと何も始まらないのです。
しまった!と気づいてももう遅い。タクシーは深夜料金で走り続けます。目的の墓地は否応無しに近づいてきます。このまま消えてしまったら それは恐い話というか ただの無賃乗車です。
どうしよう・・・とにかく 運転手さんに話かけてもらわなければなりません
「あ あの こんな小雨の日に 私 乗せた事ありませんか?あ あの ですね お墓に行きたいって言ったっきり黙りこくったんですよ それでですね あの        そんな事思い出したら 話して欲しいなって」
それでも運転手さんは何の反応もしてくれません。
「あ あの その時にですね 私 ひょっとしてこんな顔してませんでしたか?」
もう自分でも何を言っているのやら分かりません。
その時です。運転手さんが凄い形相で とんでも無いこと言ったんですよ・・・
「あのさ 静かにしてくれないかな?」
その後の事はよく覚えていません。気がついたら朝になってました・・・
私客ですよ。あんなににらむ事無いじゃないですか。六十年間幽霊やってて あんな顔されたのは初めてですよ・・・

あー恐ろしい

それからまた悩んだわけですよ。恐い幽霊になるにはどうすればいいんだろう。こんな事なら生きているうちに嫌がらずに ちゃんと恐い話聞いていればよかった。
だから勇気を出して ツタヤのホラービデオコーナーに行ってきました
そして 今時の幽霊を研究しました
今時の幽霊はビデオの中から出てくるんですね すごいなぁ 私にはとてもまね出来ませんよ。
もう一つ今時の幽霊っぽいのが 携帯電話で呪いの電話をかけるってのがありました。 
これなら私にも出来そうです だって電話をかけるだけでいいんでしょ?このお手軽感 便利な時代になりましたね。
そんなわけで手に入れた携帯電話 知らない人のを拾いました
さぁ・・・何番にかければいいんでしょう。まぁ幽霊ですからね。友達なんているわけないじゃないですか。 
なんて困っているうちにですね。恐ろしい事が起きたんですよ。今も思い出すだけで鳥肌立っちゃう。 
これは 本当にあった事なんですけど・・・何もしていないのに ひとりでに携帯電話が震えだしたんですよ!!
ブー ブー って・・・
何事かと思って固まっていると 中から女のか細い声で 「・・・メッセージをどうぞ ピー」って・・・
その後のことは覚えていません。気がついたら朝になってました・・・
きっと携帯電話には 死んでしまった女の人の魂が閉じ込められているんですね。

恐ろしい時代になりましたね・・・・

私には 恐い幽霊なんて無理なんでしょうか・・・
そもそも恐いって何ですか?そりゃぁ昔はよかったですよ。
一まーい 二まーい とか適当にお皿の数を数えていれば 勝手に向こうの方でウヒー なんていってね
恐いって何だろう・・・
そういえば例のビデオの幽霊も携帯電話のも 呪いが伝わっていくのが恐いんですよね・・・
そうだ!呪いだ 今の時代 ナウなお化けは呪いなんだ。
呪いと言えば 昔からよくある手で
「このお話を聞いた人は 一週間以内に他の人にこのお話をしないと 呪われるよ」
みたいなのありますよね。これですよ。これ。
お話の後にこのフレーズをつけるんです。
これなら私にも出来ます。これを聞いた人は別の人に その人はまた別の人に・・・・そんな風に 私のお話は瞬く間に広がっていきます。 
呪いへの恐怖と好奇心とでワクワクドキドキしながら 皆が私の 私のお話をするんです。 

それから一生懸命に話を考えました。無愛想なタクシーの運転手の話を考えました。女の声が聞こえる携帯電話の話を考えました。そして 特に何の特徴もない パッとしない幽霊の話を考えました。


これで みんなが私の事を忘れないようになりますよね
退屈な歴史の年号は忘れても 私の事はみんな忘れないでいてくれますよね 
子供の頃に怯えた 押入れのちょっと開いた隙間とか タンスと壁の隙間に広がる闇を大人になっても忘れないように 
ある日一瞬でパッと消えた私の事をずっと ずっと 覚えていてくれますよね
六十二年前の夏の日 まるで何かの悪い冗談のように消え去った人達がいた事を・・・
そんな出来事の あったという事を・・・


正直 その時の事はよく覚えてません。気がついたら 幽霊になっていました。
私は考えました。自分の身に何が起きたのか。そして それから祈りました。二度とこんな事が起きないように・・・二度起きたら 今度は三度目が起きないように
六十年 六十年祈りました。
六十年祈ったけど ダメでした。
一生懸命祈ったんですけど ダメでした。
だから私はこのお話を考えました。一生懸命考えました。
私の体験した事も きっとそのうち退屈な歴史の年号に埋もれて 「六日と九日 どっちがヒロシマでどっちがナガサキだったっけ?」なんて試験前に必死で覚える出来事の一つになるんでしょう。
それはそれで仕方ないのかも知れません。

だけど覚えていて欲しいなって 

都市伝説としてでもいいから 
放課後こっそりお菓子を持ち寄って キャッキャ キャッキャ言いながらでもいいから
覚えていて欲しいなって思ったから このお話を考えました。
だからね 皆さんには本当に申し訳ないですが ささやかながら 呪いをかけさせて頂きます
このお話を聞いたら 他の人にまた このお話をして下さい。
でないとタクシーの運転手さんから怒られますよ。
でないと携帯電話から人の声がしますよ。
ね?恐いでしょ?ね?恐いでしょ?
それが恐くないって言うなら また私が一生懸命恐い話考えますから
一週間以内とは言いません。
六十年待った私です。もう六十年・・・もう六十年くらい待ちますから。
だからお願いします。このパッとしない幽霊のパッとしないお話を 
どうか お願いします。

そうしてまた六十年待ち続けて それでもダメな時は
その時はまた 
一生懸命 祈り続けようと思います・・・・・